2004年 12月 14日
第2回 講評会 |
『color(出題:kanayama)』をテーマとして『S3mae』によるshu-mai第2回の講評会が行なわれた。
『isobemakoto』
建築における色。
外壁の色。内装の色。様々なものがある。
でもそういった色でない色ってないだろうか。。。
ものが作られるときに生まれる色。
作家の色。クライアントの色。
そういった色を消すことができれば、人間、本来の色のみでモノがつくられるんではないだろうか。
ハラッパで好きな居場所にいるような感覚。。。。それだけで建築ってつくれないだろうか。
『fujihirashinichi』
『color』というテーマを光のスペクトルによって解く。色が存在する事は同時に光が存在する事を示しており、光を失った瞬間世界は黒(というより闇)一色に包まれてしまう。
光のスペクトルの可視光7色を住宅における諸空間に落とし込み、住宅は諸室がストライプ状に配置される。この状態はスペクトルの各色のフィルターが6枚並んで配置された状態であり、さらにここを貫く異質の空間を一本挿入する。この空間は各諸室のもつcolorをグラデーション状につなぐ中間領域となる。(これはけして廊下と定義するものではない)
また光スペクトルの可視光領域を住居と捉えた時、人間の目では認識できない赤外線・紫外線・γ線・α線等は都市と捉える事が可能となり、住宅は都市の一要素であり、『個』であってはならないものである事が再確認できる。
『kishidayoshiteru』
■住宅におけるCOLOR
生活は、分割され各要素として登録される。生活は、それら分割されたモノの総和により構成。生活が分割されるように、住宅は分割されている。
住宅におけるCOLORとは、分割の原理により露呈された幻想の生活であった。リアルな人間像は、目的なく行動する人間である。もちろん、これはモデルであって抽象である。
しかし、このモデルを空間として具体化していくと、ある行動からある行動へと移行しているその状態そのものであることに気づく。
分割はしない。それが、住宅におけるCOLORで達成されるべき試みである。
■情報におけるCOLOR
世の中に流通しているメディアでは、ほとんどの情報はCOLORで伝えられる。しかし、COLORというのは、モノの形やデザインは上手く伝えるが、その場所の空気その場所の質を伝えるのは得意ではない。建築とは、表現ではなく表質である。私たちは、白黒の写真が今まで表現してきたものを、もう一度見直さなければいけない時期に来ている。
『isobemakoto』
建築における色。
外壁の色。内装の色。様々なものがある。
でもそういった色でない色ってないだろうか。。。
ものが作られるときに生まれる色。
作家の色。クライアントの色。
そういった色を消すことができれば、人間、本来の色のみでモノがつくられるんではないだろうか。
ハラッパで好きな居場所にいるような感覚。。。。それだけで建築ってつくれないだろうか。
『fujihirashinichi』
『color』というテーマを光のスペクトルによって解く。色が存在する事は同時に光が存在する事を示しており、光を失った瞬間世界は黒(というより闇)一色に包まれてしまう。
光のスペクトルの可視光7色を住宅における諸空間に落とし込み、住宅は諸室がストライプ状に配置される。この状態はスペクトルの各色のフィルターが6枚並んで配置された状態であり、さらにここを貫く異質の空間を一本挿入する。この空間は各諸室のもつcolorをグラデーション状につなぐ中間領域となる。(これはけして廊下と定義するものではない)
また光スペクトルの可視光領域を住居と捉えた時、人間の目では認識できない赤外線・紫外線・γ線・α線等は都市と捉える事が可能となり、住宅は都市の一要素であり、『個』であってはならないものである事が再確認できる。
『kishidayoshiteru』
■住宅におけるCOLOR
生活は、分割され各要素として登録される。生活は、それら分割されたモノの総和により構成。生活が分割されるように、住宅は分割されている。
住宅におけるCOLORとは、分割の原理により露呈された幻想の生活であった。リアルな人間像は、目的なく行動する人間である。もちろん、これはモデルであって抽象である。
しかし、このモデルを空間として具体化していくと、ある行動からある行動へと移行しているその状態そのものであることに気づく。
分割はしない。それが、住宅におけるCOLORで達成されるべき試みである。
■情報におけるCOLOR
世の中に流通しているメディアでは、ほとんどの情報はCOLORで伝えられる。しかし、COLORというのは、モノの形やデザインは上手く伝えるが、その場所の空気その場所の質を伝えるのは得意ではない。建築とは、表現ではなく表質である。私たちは、白黒の写真が今まで表現してきたものを、もう一度見直さなければいけない時期に来ている。
by studioS3mae
| 2004-12-14 20:00
| 住宅設計-criticism